’68カムバック・スペシャル
1968年12月に放映予定のTVスペシャル。
大佐が考えていたのは、まずエルヴィスが出てきてあいさつしてクリスマス・ソングを26曲歌い、最後に「メリー・クリスマス・アンド・グッドナイト」と言って引っ込む、というありきたりのものだった。
一方、監督のスティーブ・ビンダーは、音楽担当のボーンズとともに、大佐を通したエルヴィスではなく、本当のエルヴィス・プレスリーを皆に観てもらう番組をつくろうとしていた。最終的には大佐を説得し、エルヴィスにもっとしゃべらせ、クリスマス・ソングは1曲だけになった。
議論が何週間も重ねられ、構想が練られていった。昔のエルヴィスの仲間たちを集め、リハーサルの間ずっとエルヴィスと一緒にし、本番のときにも一部出演させる。実験的なもので結果がどうなるかは不明だったが、素のエルヴィスを出させるために取られた手段だった。衣装は初めて着る黒いレザーに決まった。
リハーサルは、毎日4、5時間スタジオにつめ、実際にしゃべり、冗談を言い、歌って過ごすというもので、まる1週間続いた。笑い声が絶えず、活気があり、エルヴィスはリラックスし、よく歌った。
エンディングは、大佐は最後までクリスマス・ソングを歌わせたがっていたが、書き下ろしの曲「明日への願い」をエルヴィス自身が気に入り、それに決定した。
ライヴ撮影を前にエルヴィスはひどく緊張していたが、いざ歌い始めるとすばらしかった。エネルギッシュに動き、強いスポットを浴びた黒い革のスーツも映えた。取り囲みの仲間たちとのしゃべりもリハーサル通りうまくいき、大成功だった。総計4時間の収録が終わった後は、支えが必要なほどエルヴィスは消耗していた。
この特別番組は、1968年12月3日火曜日の夜9時にテレビ放送され視聴率を独占した。後に、この番組は「’68カムバック・スペシャル」と呼ばれるようになった。新しい歌はほとんどなかったが古臭さは全く感じさせず、新鮮なエルヴィスがいた。
「明日への願い」はTV放送前に発売され、久々のミリオン・セラーとなった。
変化
カムバックTVスペシャルの後、明らかにエルヴィスは変化していった。
1969年1月と2月に、14年ぶりにメンフィスのスタジオへ戻り、充実したスタジオ・ミュージシャンをバックに36曲をレコーディング。そして5月にアルバム「エルヴィス・イン・メンフィス」が発売された。シングル発売された「イン・ザ・ゲットー」はプロテスト・ソングで多くの人を驚かせた。チャートは3位まで上がり150万枚売れた。10月にはアルバム「バック・イン・メンフィス」が、8月のラスベガス公演のライヴ録音とセットで発売された。この2枚には、それまでの映画サントラ盤とは全く違うワイルドで魅力的な声で歌うエルヴィスがいた。
映画の方は、1969年にも「殺しの烙印」「トラブル・ウィズ・ガールズ」「チェンジ・オブ・ハビット」の3本が公開されている。それまでの映画とはかなり違ったものだったが、注目はされなかった。日本では全て未公開。
ステージ再開へ
7月、エルヴィスは再びロサンゼルスにむかった。今度は映画の仕事ではなくコンサートのリハーサルのためだった。当時建設中の、完成すればラスベガス最大となるインターナショナル・ホテルとの契約だった。
バックアップ歌手はエルヴィスが選び、ギタリストのジェームズ・バートンがバンド・リーダーに選ばれた。メンバーの多くが南部出身、あるいはカントリーおよびブルースにしっかりと音楽上の根を持っていた。
2週間ほどロサンゼルスでバンドとリハーサルをおこなった。100曲以上を歌い、ショーの中心となる曲を選んでいった。エルヴィスはリハーサルが好きで、仲間のようなミュージシャンたちと一緒に歌うのを好んだ。ショーで歌う曲ばかりでなく、思いつきで出た歌も片っ端からリハーサルした。エルヴィスは、ステージで予定外の歌をいきなり歌い出すことがあったが、バンドは対応できるようになっていた。
完全復活
初回公演。「ベイビー・アイ・ドント・ケア」のリズムの中、紹介なしにエルヴィスがゆっくりステージに出てきてマイクを取った。観客は1950年代に戻り、全員が総立ちとなり大歓声を送った。
「ブルー・スエード・シューズ」から始まって「好きにならずにいられない」で終わった。曲目は毎夜少しずつ替わったが、クロージングは全て「好きにならずにいられない」だった。ショーで一番盛り上がったのは「サスピシャス・マインド」だった。ショーの開始から2週間後にシングル発売され、約7年ぶりにヒット・チャートのトップにたった。
ラスベガスでの完全復帰が記録された
映画「エルヴィス・オン・ステージ」
ショーは7月31日から8月28日まで連夜、総計57公演がおこなわれた。
インターナショナル・ホテルのショールームは、ラスベガスにある他のホテルの2倍以上の大きさだった。巨大な多層のバルコニー形式レストランのような構造で、2000人が楽に座れる席がある。このショールームを一杯にできるスターはそういなかった。
こけら落としは、バーバラ・ストレイザンドの公演だったが、ショールームは満員にならなかった。
エルヴィスの集客力は未知数だったが、予想以上の動員力だった。チケットは売り切れ、連日満員となり、ひと月で10万1500人の客を集めた。ほかの誰が挑戦してもかなわない数字だった。
批評家たち全てが、ステージに復帰したエルヴィスを絶賛した。