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前期のステージ

1954年

1954年にシングル・レコード「ザッツ・オール・ライト/ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」を出した後、エルヴィス、ギターのスコッティ・ムーア、ベースのビル・ブラックの3人は「ヒルビリー・キャッツとブルームーン・ボーイズ」と名乗り、自分達で車を運転して、米国南部の様々な場所で地方巡業を行って徐々に知名度を上げていった。このころのステージでは2~5曲程度歌っている。

当時、カントリー音楽の世界で最も敬意を表されている2つの公開ライヴ放送のラジオ番組であるナッシュビルのグランド・オール・オプリとシュレブポートのルイジアナ・ヘイライドに出演するチャンスをつかんだ。オプリでは評価されなかったが、ルイジアナ・ヘイライドのときは成功し、毎週土曜日に出演するという1年契約をむすんだ。

ルイジアナ・ヘイライドへの初出演(YouTube)

ルイジアナ・ヘイライドで歌うエルヴィス

Elvis in Louisiana Hayride

(ウィキペディアより)

1955年

1955年には300回以上ステージに上がっている(1日に複数回のことも多い)。会場は、クラブがほとんどなくなり、劇場や公会堂でのステージが増えている。ソロのステージはおこなっていないが、チケットや広告などを見ると、この年後半にはエルヴィスの名前がトップになっている。

10月のとある記録
(月日) <場所>
・・・・・・
(10/12)<ミッドランド テキサス州>
(10/13)<アマリロ テキサス州>
(10/14)<オデッサ テキサス州>
(10/15)<ラボック テキサス州>
(10/15)<ラボック テキサス州>
(10/16)<オクラホマ・シティ オクラホマ州>
(10/16)<オクラホマ・シティ オクラホマ州>
(10/17)<エル・ドレード アーカンソー州>
(10/19)<クリーブランド ペンシルベニア州>
(10/19)<クリーブランド ペンシルベニア州>
・・・・・・
この年は、ずっとこのようなペースで全米各地をまわっている。

1956年

RCAに移籍し、全米で有名になっていった1956年は、完全にエルヴィス主体のコンサートなっている。8月までに200を超えるステージに上がっているが、9月以降のコンサートはわずか15回まで減っている。

1966年テュペロでの貴重なライヴ映像(YouTube)

1969年以降のエルヴィスのラスベガスでのショーは有名だが、実は1956年に一度ラスベガスでショーを行っている。4月から5月にかけてホテルでショーを初めたが、これは大失敗で中途で契約を解除している。そのときのラスベガスの客は、中産階級の中年夫婦、年中休暇の金持ち、ギャンブラー、観光客などで、エルヴィスの歌に絶叫したり、盛大な拍手をする若者はいなかったのだ。
このときの様子は、2001年に発売されたCD4枚組「エルヴィス・ライヴ・イン・ラスベガス」のディスク4の中に収録されている。ライヴ録音であるが、客席から聞こえるのは拍手だけで、若い女性の「キャー」という叫び声はない。

1957年

観客1万人以上のコンサート会場が増えているが、計28回にまで減っている。12月には3度ホノルルのステージに上がり、その後は入隊のためコンサートはない。

1961年

除隊後のこの年には、3回ステージに上がっている。

2回は、2月のメンフィスでのチャリティ・ショーにヘッドライナーとして出演している。午後と夕方のショーで合計1万人以上の観客が入った。

3月、二度目のハワイでの公演を行っている。日本軍に沈められた軍艦「アリゾナ」を記念するための基金をつのるチャリティ・コンサートだった。このコンサートの内容は、音質は悪いが、全15曲を聴くことができる。

このステージを最後に、7年間人前で歌うことがなくなる。

この時期の最後となるパール・ハーバーでのコンサート(Youtube)

 

*エルヴィスのコンサートについては、以下のサイトが詳しくデータを集積されています。
Elvis Presley in Concert(https://www.elvisconcerts.com/about-us.html

後期ステージ一覧 ▶

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2021年5月22日