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エルヴィス・プレスリーのテレビ出演

2021年11月3日

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エルヴィスの音楽番組へ出演は、1968年カムバック・スペシャル以前では、1956年1月から1957年1月の間に12回と、兵役終了後1960年の1回だけです。他にインタビューを受けた映像が残っています。

1955年11月に大手レコード会社RCAビクターと契約したエルヴィスは、翌1956年の1月28日、CBSの「ステージ・ショー」でテレビに初出演した。エルヴィスは、すでに南部では有名となっていたが、全米での知名度はそれほどでもなかった。このころアメリカで庶民の娯楽の中心になりつつあったテレビへの出演は打って付けだった。
この全米放送のテレビ出演を皮切りに、立て続けに大ヒットを放ち、映画にも進出し、わずか1年でエルヴィスは大スターへの階段を駈け登っていった。それはエルヴィスの才能と、敏腕マネージャー・パーカー大佐の野心的かつ周到な戦略がうまく融合した結果だった。

ドーシー・ブラザーズ・ステージ・ショー 1956年1月~3月

ハートブレイク・ホテルを録音した翌日から全米ネットのCBSで放送されていたこのショーに計6回出演する契約が結ばれた。毎回2曲ずつ歌っているが、興味深い選曲をおこなっている。

 1月28日 
記念すべき初の全国放送テレビへの出演。
「シェイク・ラトル&ロール~フリップ・フロップ&フライ」「アイ・ガット・ア・ウーマン」
初回の選曲は、自分のヒット曲ではなく、2曲とも黒人アーティストのレパートリーだった。テレビに出てきた白人歌手が、いきなり体をくねらせながらシャウトする姿は衝撃的であったと思われる。

衝撃の全国放送テレビ初出演
 「シェイク・ラトル&ロール」


2月4日「ベイビー・レッツ・プレイ・ハウス」「トゥッティ・フルッティ」
トゥッティ・フルッティ(YouTube)

2月11日「ブルー・スエード・シューズ」「ハートブレイク・ホテル」
1月27日に発売されたばかりの「ハートブレイク・ホテル」は、バックのオーケストラがミスマッチでちょっと残念。

2月18日「トゥッティ・フルッティ」「ただひとりの男 」

3月17日「ブルー・スエード・シューズ」「ハートブレイク・ホテル」
この回の「ハートブレイク・ホテル」ではバックのオーケストラは消えていた。
ハートブレイク・ホテル(YouTube)

3月24日「マネー・ハニー」「ハートブレイク・ホテル 」
回を重ねるごとに反響が大きくなっていった。
マネー・ハニー(Youtube)

ミルトン・バール・ショー 1956年4月、6月

ドーシー・ブラザーズ・ステージ・ショーよりはるかに視聴率が高く、影響力も大きかった番組。この番組に出演したころより、若者の間でエルヴィス人気が沸騰していくが、それと比例してエルヴィスの動きが下品でセクシーすぎるといった避難やロックンロールを攻撃する動きも活発となっていった。

4月3日「ハートブレイク・ホテル」「ブルー・スエード・シューズ」 
空母の甲板上からの演奏。コントも演じている。

6月5日「ハウンド・ドッグ」「アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」
この回でもコントに参加している。この時の「ハウンド・ドッグ」での体の動きは物議を呼び、扇情的な下半身の動きから「Elvis the Pelvis(骨盤)」という言葉が生まれた。歌の後でコントも演じている。
物議を呼んだ「ハウンド・ドッグ」(YouTube)

ティーン・エイジ・ダンス・ショー 1956年6月16日

メンフィスで行われていたローカルのTVショーに、近くメンフィスで開催するチャリティ・ショーの宣伝のため訪れ、インタビューを受けている。
インタビューを受けるエルヴィス(YouTube)

スティーヴ・アレン・ショー 1956年7月1日

「アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」「ハウンド・ドッグ」 
世間の批判をかわすために、エルヴィスにタキシードを着させ、本物の猟犬に向かって「ハウンド・ドッグ」を歌わさせられた。また、コントにも出演し少し歌っている。ひどい演出であったが、エルヴィスが出演しただけで、初めて「エド・サリヴァン・ショー」に視聴率で勝った。
タキシードを着て本物のハウンド・ドッグに「ハウンド・ドッグ」を歌うエルヴィス(YouTube)

ハイ・ガードナー電話インタビュー 1956年7月1日

スティーヴ・アレン・ショーに出演した夜、ハイ・ガードナー氏によるTV放送内での電話インタビューを受けている。いわゆる良識ある大人の代表としてガードナーが辛辣な質問を投げかけているが、エルヴィスは冷静に対応している。
電話インタビューに応えるエルヴィス(YouTube)

エド・サリヴァン・ショー 1956年9月、10月、1957年1月

健全で質の高い芸能を提供することで当時の一般市民から高い支持を受けていた番組。当初、サリヴァンはエルヴィスを出演させる気もなく、そう公言していたが、スティーヴ・アレン・ショーの視聴率をみて、出演させざるを得なくなった。なお、この頃にはエルヴィスの出演料は破格なものとなっていた。

1956年9月9日「冷たくしないで」「ラヴ・ミー・テンダー」「レデイ・テディ」「ハウンド・ドッグ」
サリヴァンが交通事故のため不在で、しかもエルヴィスはハリウッドで「やさしく愛して」の撮影中のためロサンジェルスの別スタジオからの出演だった。映画の主題歌「ラヴ・ミー・テンダー」を発売前に披露し、翌日以降レコードの予約が殺到した。
視聴率は43.7%、占拠率82.6%という驚異的な数字が残されており、アメリカ全国民の1/3が観たことになる。
冷たくしないで(YouTube)
ラヴ・ミー・テンダー(YouTube)
レディ・テディ(YouTube)
ハウンド・ドッグ(YouTube)

10月28日「冷たくしないで」「ラヴ・ミー・テンダー」「ラヴ・ミー」「ハウンド・ドッグ」
このころには、エルヴィスのパフォーマンスは落ち着いて余裕のあるものとなっており、観るものを魅了した。
冷たくしないで(YouTube)
ラヴ・ミー・テンダー(YouTube)
ラヴ・ミー(YouTube)
ハウンド・ドッグ(YouTube)

1957年1月6日「ハウンド・ドッグ」「ラヴ・ミー・テンダー」「ハートブレイク・ホテル」「冷たくしないで」「トゥー・マッチ」「ブルー・ムーンがまた輝けば」「谷間の静けさ」
前2回の出演に寄せられた苦情から、3回目の出演時にはエルヴィスの下半身を写さないこととなったが、逆にエルヴィスの魅力が大写しされることとなった。この回は、エルヴィス本人の希望で歌ったゴスペル・ソングで締めくくられたことも好印象で、3回のエド・サリヴァン・ショーにより一流スターとして認められることとなった。
ハウンド・ドッグ、ラヴ・ミー・テンダー、ハートブレイク・ホテル(YouTube)
冷たくしないで(YouTube)
トゥー・マッチ(YouTube)
ブルー・ムーンがまた輝けば(YouTube)
最後は「谷間の静けさ」で締めくくった(YouTube)

*エド・サリバン・ショーで歌った映像は、全てエド・サリバン・ショー公式YouTubeで公開されています。

フランク・シナトラ・ショー 1960年3月26日(5月12日放送)

2年間の兵役を終えたエルヴィスは、フランク・シナトラの特別番組に出演した。
「フェイム・アンド・フォーチュン」「本命はお前だ」「ウィッチクラフト(エルヴィス)」「ラヴ・ミー・テンダー(シナトラ)」 
シナトラはエルヴィスのことを酷評していたが、低迷していた視聴率挽回のため、わずか8分の出演に高額のギャラを払った。一方のエルヴィスは、以前のようなギラギラした荒削りな雰囲気はなく、番組の中での振る舞いは大人のそれだった。視聴率は41.5%に達した。
約8分間の出演映像(YouTube)

この後エルヴィスは、1961年にハワイで一度チャリティ・コンサートを行い、1968年のカムバック・スペシャルまで人前にでることがなくなる。

エルヴィスのTV出演を収めたDVD、CD

エルヴィス・TVショウ ライヴ・コレクション(2000年12月発売)

テレビ出演のパフォーマンスを23曲収録したDVDです。
画質はあまりよくありません。

Elvis: the Great Performances(2011年、輸入盤)

1956年の全国放送テレビ初出演となるドーシー・ブラザーズ・ステージ・ショーから、亡くなる直前の1977年のコンサートまでのライヴ・パフォーマンスから30曲がチョイスされています。ボーナスとしてエルヴィスに近かったアーティスト達のインタビューが付属しています。

 

 

Elvis on Television 1956-1960 - Complete Sound Recordings(2016年、輸入盤)

1956年のドーシー・ブラザーズ・ステージ・ショーから1960年のフランク・シナトラ・ショーまで、出演したテレビで歌った全ての音源が含まれる2枚組CDです。

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